がん遺伝子治療実例 乳ガン
乳ガン 大切な乳房を切らずに治す

乳がん

黒木美恵さん
昭和31年7月31日生まれ


2006年5月
右の乳房にしこりを発見。(自分で触れて) 常に痛みを感じていた。
ホームドクターに相談。専門医で乳ガン検査を受けることを勧められ受診。
マンモグラフィー検査の結果、2箇所にガンを認められる。
3.4cmと2.8cm。ステージor掘E尚椶覆掘ただし、乳房全体にモヤがかかっている。主治医は即刻手術の日程を決める。この時点では、とにかく、早く手術して欲しかった。

ガンになったことが友人知人に知れ渡ると、水、健康食品、様々な情報を送ってくれた。その中に、いわば占いというか除霊的なことを行う人の紹介もあった。予定していた手術が1週間延びたこともあって、半信半疑ながら、実のところあまり乗り気でなかったが義理もあって、訪れてみる。

そこでふとした繋がりから、がん遺伝子治療(
CDC6shRNA治療)のことを知る。ほぼその場で、同療法の予約を決めてしまう。主治医に手術をせず別の療法を受けることを話したら、信じられないといった様子。家族も全員大反対!

自分としては、できれば乳房を失いたくないという心理もあったが、
先にがん遺伝子治療(
CDC6shRNA治療)をやってダメだったら、
手術を受けても間に合うだろう・・・と。
また、乳ガン体験者の話や、本などでガン治療のメリット、デメリットも勉強し、これなら新しい療法に挑戦してみようかと。

がん遺伝子治療(
CDC6shRNA治療)は誕生して間もない療法のため、乳ガンの患者さんは自分が第一号だった。乳ガンの実績がまったくないにもかかわらず、直観というか、なんとなく運命的なものを感じ、自分が実験台でもいいという覚悟で臨んだ。

乳ガンになった原因には、心当たりがある。明らかなストレス!
仕事や家庭の事でも、頼まれればイヤといえないタイプ。
学校の臨時教員をしていたが、赴任先ではフルタイムで正規の教員以上の仕事をしようとしていた。慣れない家庭環境ながら、嫁として、妻として、母として奮闘してきた。言いたいことがあっても言えず、ぐっと胸に押しとどめ、周りからよく思われたいというタイプ。

ガンになってから、少しづつ言いたいことも言うようになった。
そんなに、イイ子ちゃんでいる必要はないんだと・・・。

がん遺伝子治療(
CDC6shRNA治療)を月1回くらいのペースで続け、しこりはかなりやわらかく小さくなり、外見上変形していた乳房は左右均等に戻った。乳腺腫とまちがえるほどの痛みはほとんどなくなる。おそるおそる受けてみた遺伝子検査の数値は心配なかった。検査機関の医師は検査数値を見て、てっきり手術後と思ったほど。実際にはメスを入れず、年齢の割には以前より乳房にハリが感じられる。
(2008年5月 取材)



がん遺伝子治療 乳がん 黒木さん
笑顔が素敵な黒木さん


【取材を通じての編集長の感想】

「一般的には、手術してますよね。何が、がん遺伝子治療(
CDC6shRNA治療)を選択させたのですか?」と黒木さんに訊ねたら、「いろいろな偶然から、辿り着いたという感じなんです。導かれてきたというか・・・」

手術を拒否するという確固たる信念があったわけでもない。
様々なガン情報を調べつくしたり、いくつもガン療法をやって、
最後に出会ったわけでもない。黒木さんの最初で最後の乳ガン治療が、当時はまだ実績もなく、誰からも注目されていなかった「がん遺伝子治療(
CDC6shRNA治療)」
なのである。

後日黒木さんは、がん遺伝子治療(
CDC6shRNA治療)の開発者と会う。
「ああ、この人がつくったのなら間違いないわ」 
そう確信したという。黒木さんは、自分にとって最良の方法を選ぶにあたり、自分の内なる声に耳を傾けたのである。ただし、単なる運任せではない。
なぜなら、周囲の猛反対の中で、黒木さんは自分の責任と覚悟の上で行動し実行したからだ。

ご協力ありがとうございました。


【追記】

遺伝子治療 乳ガン体験者 黒木美恵遺伝子治療 乳ガン体験者 黒木美恵

2011年2月の講演会「がんと遺伝子治療」(東京 赤坂)で、黒木さんは
CDC6shRNA治療体験者代表として、自らの乳ガン体験を語られました。(上記写真が黒木さん。以前お会いしたときより若返ってます!)

*講演会の内容はこちら!






【CDC6shRNA治療 提携医療機関】

北青山Dクリニック がん遺伝子治療センター(東京都渋谷区)