がん遺伝子治療実例 咽頭ガン 肺・大腸転移
感動的な信念と覚悟! 
だれもが見放したガンをあきらめずに大逆転!!



肺・大腸転移
吉永誠一さん
昭和19年6月22日生まれ

2004年(平成16年)3月 顔の浮腫みがなかなかひかない。
仕事柄飲酒の機会が多く、今までもお酒をたくさん飲んだ翌日は顔が浮腫むことはあったが、すぐに引いていた。しかし、この時はなかなか戻らない。ほぼ同時に目に炎症も起こる。眼科受診し結膜炎の投薬受けるが、2週間経っても治らない。近くの内科で診てもらったところ、左の顎の下にしこりがある。紹介された総合病院で触診した医師がガンを疑い、CT検査、MRI検査、細胞診検査。同年5月23日、中咽頭癌ステージbと確定診断される。

もちろん即座に手術を勧められる。健康産業に携わる縁で懇意にしている医師の話、知人の喉のガン体験、また自分なりに勉強してきたこともあり、手術を拒否することに決る。

手術をしないことを主治医に伝えると、
「後で取り返しのつかないことになる。吉永さんのガンは、1ヶ月で2倍3倍の大きさになる。そうなったら、もう手術はできない」と半ば脅される。それでも、頑なに手術を拒むことにしたのは、手術後の後遺症や、手術をしても再発のリスクは少なくないからである。手術でガン周辺のリンパ節も切除すれば、一時的に転移を防げても、ガンから身を守るリンパ節という防衛拠点失う。そうなれば、次に再発・転移した時には、ガンと闘うには不利な体になってしまう。吉永さんは、そう考えたのだ。

ガンの遠因は、日常生活の不節制・・・毎晩の飲酒、15年前まで1日5〜6箱の喫煙・・・にあるとわかっていたので、食生活やストレス軽減に努め、運動として散歩を採り入れる。また、自分で学んだ民間療法、サプリメントでまずは1ヶ月後の自分の還暦までガンと闘ってみることにする。すると、1か月経過しても医者が言うように倍に増えることはなく、「そんなに悪くはないぞ!これならいけるかもしれない!」と、さらなる闘病意欲が湧いた。

この後2007年5月までの間に、一般的なガンの三大療法(手術・抗ガン剤・放射線)以外の療法を求め、いわば全国行脚が始まる。免疫療法、岩盤浴、温熱療法、東洋医学・・・などなど。地元鹿児島以外に、宮崎、熊本、四国は徳島、さらに名古屋、富山、神奈川、山梨、東京、埼玉、秋田と全国の医療機関を飛び回る。

がん遺伝子治療 咽頭がん 診察券
保管してある診察券・・・総数は30以上になるという

この間、一旦、漢方薬と気功で首のしこりがなくなり、体調もよくなった時期があったがその後再発する。あれよあれよと大きくなり、最大9.5cmになった時は、
あと2ケ月の余命と宣告される。この時の地元大学病院での診断では、原発が扁桃腺、左のリンパに3個所、右のリンパに2個所、肺と大腸のS字結腸部に転移があることが判明。S字結腸部の転移は、粘膜に顔を出したくらいの早期ガンだったので内視鏡で切除する。医師には手術を勧められるが、後遺症として顔面の変形、唾液分泌不全、味覚と声帯もあきらめてくれと言われる。さらに、それだけの大手術でも再発の可能性があるということ。一晩考え抜いた末、やはり手術は止める。きっと何か手だてがあるはずだ。

この頃は、ガン性疼痛でモルヒネまで使わざるをえないほど。痛みとモルヒネの副作用で、気力は萎え、体の芯が抜けたよう。それでも、体にムチ打って遠方まで血管内皮治療を受けに出かける。ある程度のところまでガンを小さくできるものの、またしばらくするとガンが成長してくる。そこでそれまで避けていが、局所の被爆だけで済むし副作用も少ないとのことで、ノバリスという高性能の放射線治療機器を設備するクリニックにも通うが、結局副作用がひどく途中で断念する。

ところが、吉永さんにとって運命的な療法との出会いが待っていた。2007年5月15日、それは「がん遺伝子治療(
CDC6shRNA治療)」という今までとはまったくちがうガン療法。説明を聞いた吉永さんは、「よし、これに賭けてみよう!」 すぐさま治療を受けることを決意。二日後の5月17日、第一回目の治療に臨む。

治療開始3回目で、ガンによる首のはれがとれてきたように感じる。4回、5回、6回と継続すると、体の芯に力が蘇ってくるのが自覚でき、見通しが明るくなってきた。今回の治療は一時的に微熱がでる、30分ほど悪寒がするといった程度で、痛みも副作用もない。これまでの苦しい闘病は一体なんだったのかと思う。計13回治療した後、3週間ほど経った9月18日に、PET検査より早い段階のガン病変をチェックできる遺伝子検査を受ける。10月末に検査結果が届き、明らかなガンの活動は見られないという報告を受ける。

あきらめずに復活を信じていろんな治療に挑戦してきて本当に良かった。
この治療に出会い、感謝!感謝!感謝!
できるだけ多くの患者さんに、この療法を知ってほしい! 助かってほしい!

今ではバリバリ仕事人間に復活した吉永さん。もちろん、日常生活には気をつけている。そして、予防を兼ねたがん遺伝子治療(
CDC6shRNA治療)」のために、月1回のペースで東京に通っている。
(2008年5月 取材)


細胞蘇生特攻タンパク療法 吉永さん
仕事で全国を飛び回る元気な吉永さん(右)と編集長


【取材を通じての編集長の感想】

吉永さんは、とにかく信念の塊のような人です。強い覚悟で、他人任せにせず、自らガンを治すことに心身とも参加していったのです。お仕事柄、医療界の裏話的情報が手に入るとはいえ、あれだけの病状で手術を受けなかったのは、自分にとって「何が正しいのか?」を真剣に問うたからでしょう。

現代医学の標準的治療を勧める医師からは冷たくされ、有名な代替医療の医師の内幕を垣間見て、命からがら逃げ出すという経験もされています。

でも、決して諦めることなく、全国から情報を集め、行動し続けた吉永さん。
医師にとって最良の治療方法が、必ずしも患者にとって最善の方法とは限らない・・・
何よりも、その生きざまに感動しました。

ご協力、ありがとうございました。






【CDC6shRNA治療 提携医療機関】

北青山Dクリニック がん遺伝子治療センター(東京都渋谷区)