遺伝子は変わる?・・・こころ・意識
病は気から・・・とはよく言ったもの。

『大河の一滴』(五木寛之著 幻冬舎)より


「最近、ある医師のかたから、とても感動的な、そして不思議な話を聞きました。

この医師は、東京で長いこと開業していらっしゃる七十代のかたです。このかたの診療所には、ホームドクターのわりには、大病院級の重い病気のかたが多くおとずれているのですが、そのなかに、ご夫妻で癌にかかっているかたがいらっしゃるそうです。

最初は、奥さんが進行性の癌で、医学的な常識では余命三ヵ月という症状でやってきました。

その夫は若いころから、良くいえば冒険家、悪くいえば大ぶろしきで、いろんな事業や商売に手を出しては一文無しになったり、借金取りに追いかけられたり、たまに仕事がうまくいくと女遊びや博打に走り、いっこうに家族をかえりみなかったそうです。

そのため、三人いる娘の世話や年老いた母の面倒はもとより、あるときは一銭も家に入れない夫にかわって妻がはたらき。家計をささえていたらしい。

その妻が、気がついたときには深刻な段階の癌であったー。夫は自分のこれまでのぐうたらな生きかたを後悔し、そして妻の病状を心配するあまり、自分の内部に抱えている爆弾にまったく気づきませんでした。やはり体の不調を感じてその診療所をたずねたところ、妻よりも重い癌にかかっていたのでした。

長年の経験から、そのお医者さんは、この男には事実を伝えたほうがいい、と感じたそうです。

事実を告げられた夫は、まず自分の病状よりも、これから遺されるであろう妻子のことを心底悩み、それまでの罪滅ぼしの意味もあって、思いつきで手をひろげたり未回収になっている手形の決済のため、いますぐにでも入院してベッドにはりつけにならなければならない体で、全国を駆けまわりはじめたのです。

それは鬼気せまる勢いであったといいます。そうしているうちに、不思議なことに、それまでエコーではっきり映っていた腫瘍が少しずつ小さくなり、そして影もうすくなってきました。

一方、妻は、夫の病状を知り、またそれをおして家族のために体に鞭打ってはたらきまわる状態を見て、夫の身を案ずるあまり、まったく自分の体の不調を訴えなくなったのです。そして検査してみると、妻もまた、なぜだか説明のつかない不可思議な癌の自然退縮が発見されました。

二人とも癌が小さくなり、当初の予測をくつがえして、二年たったいまも、体のなかに存在はしても休火山のようにおとなしくなった癌細胞と、どうやらうまく共存しているらしいのです

戦中から戦後まもなくの科学万能主義の医学を学び、民間療法や東洋医学をどうしても受け入れられない典型的な西洋医学のこのお医者さんは、もし自分の患者さんでなかったら、この話を聞いても眉唾か初期の診断ミスと思って信じなかっただろう、と言っています。

ぼくは、この話を聞いたとき、どこかで読んだ文章の一節を思い出していました。たしか、〈病気を忘れるとき病気が治る〉というようなことだったと思います。

相手の病気を心配したり、家族の生活をささえるためにはたらきまわっているあいだは、自分の病気のことをいっさい考えなかったのではないでしょうか。そうしているうちに癌も少しずつ姿を消していった、というのでしょう。つまり、心が病気からはなれていったとき病からも解き放たれた、ということができるかもしれません。これはひとつの奇蹟のようなめずらしい例ですが、本当の話だけに考えさせられました。

こうなると、〈心〉と〈体〉は深くかかわりあい、人の〈命〉をささえている、あるいはかたちづくっている、と、いえるのではないでしょうか」

精神腫瘍学や精神神経免疫学では、がんと心のかかわりを研究しています。がんを「細胞学的自殺」と呼ぶ専門家もいます。

「『生きているってつまらないなあ。死んだほうがましだなあ。かといって、自殺する勇気もないし・・・。いっそ病気になって死んでしまったほうが楽だろう』という気持ちで心がいっぱいになると、身体の細胞が悪い細胞(がん)に変わって、自分のいい細胞をつぶし始める」(「がんに奇跡を起こす本」森津純子著 KKベストセラーズ)

あからさまに「死んだほうがましだなあ」と思わなくても、自分でも気づかない無意識の領域でそのような思いがあったとしたら・・・。

人体は意識で思うことより、無意識の思いのほうが影響を強く受けるといわれています・・・ということは、自己を滅ぼす遺伝子のスイッチがONになってしまうかもしれません

逆に、冒頭引用のご夫妻の場合は、精一杯愛しい人のためにいまを生きることで、がんを抑制する遺伝子にスイッチが入ったと考えられます。(他の奇跡的に治った人たちの実例はこちらのレポートに掲載されています

心や気持ちと遺伝子の変化の関係は仮説の域を出ませんが、人体に起こる現象としてはいくつもの実験が試みられ報告されています。

心理療法やグループケアによる手術後の回復具合、延命期間、ストレスコントロールや笑いによる免疫能の変化。これらの現象を起こすためには、きっと遺伝子も関わっていることでしょう。